最近、AIと一緒にブログを書くことが増えました。
といっても、AIにテーマを渡して、「この記事を書いてください」と丸投げしているわけではありません。
たとえば、気になる楽曲やアーティストがいたとします。
まず、その楽曲やアーティストについてAIと一緒にインターネットで調べます。制作背景や音楽的な特徴、過去のインタビュー、関連する作品などを確認しながら、「これはどういうことなのだろう」とAIと対話していきます。
その途中で、自分がその音楽を初めて聴いたときのことや、自分自身の音楽制作の経験、これまで聴いてきた別のアーティストとの比較なども話します。
そうやってAIと会話を重ねながら、少しずつ記事を作っていきます。
私は、この「自分の意見や経験を入れる」という部分がかなり重要だと思っています。
AIで情報を集めるだけなら、わざわざ自分が書く意味はない
生成AIを使えば、あるテーマについてインターネット上の情報を集め、整理し、それらしい文章にまとめることは簡単にできるようになりました。
だからこそ、単なる情報の寄せ集めだけでは、文章を書く意味が以前よりも薄くなっているように感じます。
「このアーティストは何年にデビューしました」
「この楽曲はこういう背景で作られました」
「音楽的にはこういう特徴があります」
もちろん、そうした情報にも価値はあります。
しかし、それだけであれば、検索すれば出てきますし、今ならAIに聞けば数秒で要約してもらえます。
その情報を、自分がもう一度並べ直しただけの記事を作ることに、どれくらい意味があるのだろうか。
私はそう考えるようになりました。
だから、自分がブログを書くときには、
「自分はこれをどう聴いたのか」
「自分の過去の経験とどうつながったのか」
「自分が音楽を作ってきた経験から見ると、何が面白いと思ったのか」
といった部分を、できるだけ入れるようにしています。
AIは調査を手伝ってくれます。
考えを整理する相手にもなってくれます。
文章としてまとめることも手伝ってくれます。
しかし、最初の「なぜこれが気になったのか」という興味や、「自分はこれについてこう思う」という部分まで、すべてAIに置き換えてしまったら、それはもう自分が書く必要のない文章になってしまいます。
私にとってAIとのブログ執筆は、文章を自動生成する作業というより、自分の考えを引き出してもらう作業に近いのかもしれません。
しかし、そもそもブログは読まれない
一方で、別の問題があります。
せっかく時間をかけてブログを書いても、そもそも読まれません。
もちろんSEOを意識したり、SNSで告知したりすれば、少しずつ読まれる可能性はあります。
しかし、個人が新しく書いたブログ記事が、公開しただけで多くの人に読まれる可能性は、かなり低いと思います。
ここで、ふと自分自身の行動をふりかえってみました。
自分は普段、他人のブログをどれくらい読んでいるのだろう。
考えてみると、よっぽど気になる情報を検索したとき以外、ほとんど読んでいません。
では、空き時間に何をしているのか。
だいたいYouTubeを見ています。
少し時間が空いたとき。
食事をしているとき。
寝る前。
何となくスマートフォンを触ったとき。
ブログを探して読むのではなく、YouTubeを開いています。
自分自身がそうなのに、自分がブログを書いたときだけ、「誰かがわざわざブログを読みに来てくれるだろう」と考えるのは、少し都合が良すぎる気がしました。
だったら、人がいる場所にこちらからコンテンツを出す必要があります。
そこで考えたのが、YouTubeです。
特にYouTubeショートのような短い動画を入り口にして、興味を持った人にブログを読んでもらう。
つまり、YouTubeをブログへの「呼び水」にするという考え方です。
YouTubeをやった方がいい。でも動画編集は面倒くさい
これは以前から、何となく分かっていました。
ブログだけではなく、YouTube動画も作った方がいい。
動画で興味を持ってもらい、詳しい内容をブログで読んでもらう。
その方が、入口は増えます。
しかし、一つ大きな問題があります。
動画編集が面倒なのです。
私は、動画を一本作るのにどれくらい手間がかかるかも知っています。
構成を考える。
素材を用意する。
ナレーションを作る。
画像や映像を配置する。
テロップを入れる。
BGMを入れる。
タイミングを調整する。
書き出す。
サムネイルや説明文を用意する。
そして投稿する。
ブログを書いたあとに、さらにこれを毎回やるとなると、かなり大変です。
「YouTubeもやった方がいい」
そう思いながらも、動画編集の手間を考えると、なかなか継続できません。
そこで思いました。
ブログはすでにあるのだから、そのブログをもとにAIが動画を作ってくれればいいのではないか。
ということで、試してみました
ブログの記事をもとに、YouTubeショート用の構成を作る。
短い動画向けに文章を再構成する。
必要な画面やテロップを作る。
それを一本の動画として生成する。
こうした工程をChatGPTやCodexを使って自動化できないか、試してみました。
結果として、できました。
ブログを書いたあと、その内容をもとにショート動画を生成し、YouTubeへ投稿するところまで、一連の流れとしてつなげることができました。
もちろん、完全に何も確認せず投稿するような「全自動」にしたいわけではありません。
動画の内容がおかしくないか。
自分が伝えたいこととズレていないか。
公開して問題のない内容か。
最終的な確認は自分で行います。
その意味では「全自動化」ではなく、「半自動化」です。
しかし、これまで一番面倒だった「ブログとは別に動画を一本作る」という作業を、大幅に減らせる可能性が出てきました。
ブログを一つの「素材」にする
この仕組みを作ってみて、ブログに対する考え方も少し変わりました。
これまでは、
「ブログを書く」
という行為が一つの完成形でした。
記事を書いて、公開して、終わりです。
しかし、今はブログをコンテンツ制作の「元データ」として考えられるようになりました。
まず、AIと一緒に調べます。
自分の意見や経験を話します。
それをブログとして整理します。
ここまでで、自分の考えがある程度まとまっています。
そのブログをもとに、
YouTubeショートにする。
SNS投稿にする。
短い紹介文にする。
別の形式に変換する。
こうした展開をAIに任せることができます。
つまり、一度しっかり自分の考えを文章にしておけば、その後の「フォーマット変換」をAIに任せられるわけです。
自動化したいのは「考えること」ではない
この仕組みを作りながら、個人的に一番面白いと思ったのはここです。
AIを使ってコンテンツ制作を自動化するというと、「人間が何も考えず、大量のコンテンツを自動生成する」というイメージを持つ人もいるかもしれません。
しかし、私はむしろ逆だと思っています。
自動化したいのは、「自分が何を考えるか」ではありません。
自分が何に興味を持ったのか。
なぜそれが気になったのか。
自分の経験とどうつながったのか。
自分は何を面白いと思ったのか。
この部分は、自分で考えたい。
むしろ、ここに一番時間を使いたいと思っています。
一方で、
文章を別の長さに編集する。
ショート動画用に構成を変える。
テロップを作る。
動画を書き出す。
別のプラットフォーム向けに形式を変える。
こうした作業は、できるだけAIに任せたい。
言い換えると、
「考えるのは自分。届ける形に変えるのはAI」
という分業です。
個人でも「コンテンツパイプライン」を持てる時代
今回作ったものは、単なる「AI動画生成ツール」ではないと思っています。
自分の興味を起点に調べる。
AIと対話する。
自分の経験や意見を加える。
ブログを書く。
そのブログを動画に変換する。
YouTubeへ届ける。
一連の流れを一つの仕組みとしてつなげています。
企業のメディア運営であれば、編集者やライター、動画編集者、SNS担当者など、複数の人が分担していた作業かもしれません。
それを、個人でもAIを使うことで、ある程度一人で回せるようになってきました。
私はこれを、自分専用の「コンテンツパイプライン」のようなものだと考えています。
もちろん、これで突然ブログのアクセスが増えるかどうかは分かりません。
YouTubeから本当に人が流入してくるのかも、これから試していく必要があります。
ただ、少なくとも一つ大きく変わったことがあります。
これまでは、
「動画も作らないといけない。でも面倒くさい」
で止まっていました。
今は、
「ブログを書けば、そこから動画まで作れる」
という状態になりました。
ブログを書くことと、YouTubeで発信することが、別々の作業ではなくなったのです。
AIによって自動化するのは、自分の興味や思考ではありません。
自分が考えたことを、より多くの人に届けるための面倒な変換作業です。
そう考えると、生成AIは「人間の代わりにコンテンツを作る道具」というよりも、「一人の人間が持っている考えを、さまざまな形に変換して届けるための増幅装置」なのかもしれません。


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