圏論という数学のジャンルがあるのですが、最近、YouTube でたまたま、その入門的な動画を何本か観まして。たぶん、何かのアルゴリズムでレコメンドされて、何きっかけだったのかは定かではないのですが。
圏論というジャンルがあること自体は、10 年くらい前から知っていて、当時、本も買ったりしてたんですけど、けっきょくよく分からずじまいで、ただ、ワードとしてはずっと、気になっていました。
それで、今回、改めて、圏論の入門的な動画を観ると、ようやく、その概要とか、応用の可能性がつかめてきて。要するにこれは関係性を扱う数学なのだ、と。
ざっくり言うと、関係の関係の関係までを扱う数学で、関係 = 射、関係の関係 = 関手、関係の関係の関係 = 自然変換。といった概念で、数学的思考を展開する。
そういうふうに理解したのですが。このような考え方に非常に似た哲学の分野がありまして、たとえば20 世紀初頭〜前半にかけての現象学とか、構造主義とか。
圏論と現象学、構造主義
たとえばフッサールは、現象学的な概念として、間主観性を提唱しましたし、フッサールの弟子のハイデガーは「気遣い」という概念で、世界を理解しようとしました。また、より「関係性」の哲学に近いのが、ソシュールやレヴィ=ストロースの構造主義です。
もしかして両者、つまり圏論と、現象学や構造主義の哲学は互いに影響しあっていたのではないか、と思い、軽く調べてみると、まず、圏論が数学としてまとまったのは、1940 年代。ちなみにフッサールやハイデガーが、間主観性や気遣いといった概念を提唱したのは、1910 年〜1920年代なので、圏論に先立って、哲学分野では関係性が取り上げられていたと言えます。ソシュールの『一般言語学講義』が出版されたのは 1916 年ですが、レヴィ=ストロースの『親族の基本構造』は 1949 年と圏論の成立と同時期ということで、現象学的思考が圏論に影響を与えたのではないか、とか、圏論と構造主義は相互に影響を与え合っていたのではないか、みたいな妄想がはかどりますよね。
圏論の創始者の一人マックレーンがフッサールの著作を読んでいたとか、レヴィ=ストロースが圏論からヒントを得た、みたいな確かな歴史的証拠は残念ながら見つかりませんでした。が。マックレーンは、カント哲学に影響を受けて「圏(カテゴリー)」という言葉を選んだそうですし、レヴィ=ストロースが構造人類学を構想する際も、数学者の協力を得て数理的な視点を取り入れていました。
現象学や構造主義ではなかったので、私の見立ては見事に外れたわけですが、しかしそれでもカントだったのか! と、新鮮な驚きとともに、哲学と数学の意外な関係性を、また1つ、見つけてしまいました。
日本における「関係性の哲学」
ちなみに、日本にも圏論的な、つまり、関係性を重視する哲学があって、和辻哲郎ですね。和辻は間柄という概念で、世界を捉えようとし、その思想は非常に圏論的にみえます。圏論はあくまで、何らか個体同士の関係性を取り扱うというイメージがあるのですが、和辻はあくまで、関係性「しかない」という考え方。個々が存在した上で、関係性がある、のではなく、あるのは関係性。似ているようで重要かつ決定的に異なります。
関係性の哲学から、その先へ
圏論の概要を解説する YouTube 動画を観たことをきっかけに、そう言えば現象学や構造主義は圏論っぽい思考法だな、と思い、いろいろ調べていくうちに、どうやら現象学と構造主義が直接、圏論との影響関係にあった歴史的事実はなさそうなのですが、圏論の「圏」という言葉は創始者の一人マックレーンがカント哲学から影響を受けていたことは明らかになりました。
カントは現象学や構造主義ではもちろんありませんが、少なくとも現象学には大きな影響を与えていますし、構造主義は現象学からも影響を受けています。そのように考えると、圏論は、カントを通じて、現象学や構造主義と「関係している」と言えるかもしれません。
ちなみに、圏論的思考を哲学に応用した哲学者もいて、バディウです。ただ、私はバディウの著作は未読なので、別の機会に論じられたらと思います。
ところで、現代数学の主要なジャンルの1つとされる「関係」の数学である圏論ですが、一方で、「関係」についての哲学は、2010 年代以降、「新しい実在論」によって批判的に乗り越えようとされています。この「新しい実在論」者たちが批判しているのは、「相関主義」と(「新しい実在論者たち」によって)呼ばれる、まさにカント以来の哲学的思考です。
間主観性を提唱した現象学にやや遅れ、そして構造主義を応用したレヴィ=ストロースとほぼ同時期に提唱された圏論ですが、コンテンポラリーな哲学は圏論的思考を乗り越えようとしており、そう考えれば、近いうちに、「新しい実在論」的な発想の数学が、近いうちに現れるかもしれませんね。
さて、この記事では、圏論って関係性の数学なのか、面白いな、そう言えば関係性といえば現象学とか構造主義は関係性の哲学だな、と発想し、そこから圏論と、現象学・構造主義が、カントを通じて「関係」しており、しかし現代では関係性の哲学は、カントをその原初として批判的に乗り越えられようとしている一方で圏論を応用した哲学も登場している、みたいな、圏論と哲学の「関係」を述べてきました。このように書くと、この記事自体が、哲学と圏論の、圏論的考察になっていることが分かります。
哲学と数学、行ったり来たり。圏論、面白いな、と思いつつ、圏論は現代の哲学者にとっては乗り越えられているのだろうな、と思ってみたり。

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